2015年4月
ラクダと一緒に砂漠が歩きたくて、エジプトに2ヶ月ほど行ってきた時の話をしようと思う。
まず、今回の冒険の概要は、・ラクダを買ってガイドなしの単独で砂漠を歩く
・ルートはカイロからオアシス都市をいくつか経由してルクソールまで
・最も重要な目的は「砂漠をラクダと一緒に旅することを通して、自分しか手に入れられない人生観の一部を養うこと」
・数年後、サハラ砂漠を単独で横断することを見据えた旅
って感じだ。
って感じだ。
今回のこの冒険を達成する為におれは、以下のことに取り組んだ。
・アラビア語を勉強した(ペラペラにはならなかった(笑) 文字が読めて、自分の伝えたいことがなんとか伝えられる程度だ。)
・Facebookで現地の大学生と仲良くなって情報収集を手伝ってもらった
・砂漠を旅した冒険家のトークライブに参加したり、エジプトに何度も行っている人に話を聞いたり、図書館でラクダの生態について調べたりして、砂漠やラクダのことをたくさん学んだ
・偶然、というか流れでインドネシアに短期間行った時に、実際に何度かラクダに乗ってみた
・ラクダが逃げ出したときすぐ気づけるように、ラクダにつける発信器をArduinoとBluetoothドングル(Class1)を使って自作した
・距離を測ったり、経路を自分で設定したり、経路から逸れた際にスマートウォッチと連携して教えてくれるような機能を持ったAndroidのオフライン地図アプリを作ってみた
・ムエタイを週5くらいのペースで1年間真剣にやった(黒人相手に実戦で使えるかどうかは分からないけど、がむしゃらにグローブつけてサンドバッグ叩きまくってたら手に治らない傷が2ヶ所できて、今じゃそれが努力した証として何かに立ち向かう時の自信になってる)
さて、というわけで最初の町はエジプト、カイロだ。
カイロ / القاهرة
大都市だと聞いてた割には商店もそこまで発達してなかったし、町の外に砂漠が広がってる割には雲がたくさんある。
ここでラクダや砂漠横断について情報収集をして、できればこの町でラクダを買いたい。
とりあえずまずは情報収集!と思ったんだけど、カイロに着いたのは夜で、ほとんどのお店は夜遅くはやってないみたいで、マクドナルドですら22時閉店とかだったから、格安の日本人宿なるところにしばらくお世話になることになった。
日本人宿っていうのは、日本人が集まって情報交換をする宿で、世界各地にあるらしい。
日本語の漫画や小説もたくさんあった。
今まで海外はいろいろ行ったんだけど、ほとんど一人旅で野宿とかも多かったからそんな宿があるなんて知らなくて、すごい衝撃だった。
ちなみにおれが世話になった宿は一泊日本円で500円程度。
数年前はその半額だったらしいけど、エジプトも最近はかなり物価が高騰してるらしい。
その日本人宿には世界一周中のバックパッカーや旅行者、沈没者(何日も何か月も同じ町に住みつく人)がいて、中には10年近くエジプトに住んでいる人もいた。
他の日本人宿も似たような感じらしいんだけど、普段は共同の談話室みたいなところでみんなでゲームして遊んだり、ご飯作ったりしてて、ほとんど初対面、もしくは会って数日の人たちなのに家族のように楽しくすごしてて、不思議な空間だった。
みんな世界各国を旅してるだけあってあったかくて素敵な人ばかりで、おれの旅に関しても「応援する!」「頑張れよ!」と、すごく応援してくれた。
まぁそんなこんなでおれは毎日町に出て、現地のおじさんや事前に仲良くなってたエジプト人の大学生とかからラクダの値段や旅のことについて情報を集めてたんだけど、皆が共通して言っていたのは、「カイロでラクダを買ってしまうと町を出るのがかなり困難だろう」ということだった。
確かにカイロは日本の田舎都市くらいには発展してるから、この町でラクダを連れ歩いてたら目立ちすぎてすぐに警察が来て、毎回賄賂を渡さないといけない気がした。
もともとそこまでお金に余裕があるわけじゃなかったし、そういうことならとカイロ出発はやめて他のオアシス都市から出発することにした。
宿から出発する際に沈没者の人たちが言葉はもちろん、ギターや歌で見送ってくれた。
この日本人宿のあるビルは最上階から下まで壁沿いに階段があって、真ん中に吹き抜けの空間があるんだけど、おれが1階に降りてもまだビル全体に反響していたギターの音と歌声を、おれは一生忘れない。
そしてビルを出たおれはカイロから一番近いオアシス、バハレイヤオアシスに向かった。
この日本人宿のあるビルは最上階から下まで壁沿いに階段があって、真ん中に吹き抜けの空間があるんだけど、おれが1階に降りてもまだビル全体に反響していたギターの音と歌声を、おれは一生忘れない。
そしてビルを出たおれはカイロから一番近いオアシス、バハレイヤオアシスに向かった。
バハレイヤ / البحرية
バスがバハレイヤオアシスの町に到着すると、中型のバイクに跨った一人のエジプト人に声をかけられた。
その男は少し太っていたが、精悍な顔立ちで年はおれと同じ二十台前半くらいだった。
基本的におれは声をかけられても相手しないんだけど、そいつはなんとなく、いいやつな気がしたので話を聞くことにした。
ムハンマド 「やぁ、おれはムハンマド。何か困ったことがあれば相談に乗るよ!」
おれ 「野宿でもいいけど、格安の宿があれば。あとラクダが買いたい。」
ムハンマド 「そりゃいい。うちはホテルやってるんだ。一泊750円でここから近いよ(バイクの後部座席を指さしながら)。あとうちの父親はこの町唯一のラクダ飼いのベドウィン族と仲がいいよ!」
なるほど、正直一般的な宿としては適性価格だし、ラクダ飼いを探しに行く手間も省ける。
値引き交渉はできそうだけどラクダ飼いに取り次いでもらうことを考えるとおとなしくしといた方が後々いいだろうな…
バイクに乗っていくみたいだからあんまり遠いと嫌だけど今はまだ金はほとんど持ってないし、何かあればバイクから飛び降りる覚悟もできてるし、問題ないだろ。
なんてことを考えて、現在位置のGPS情報をオフラインマップに保存した上で、おれはムハンマドのバイクの後ろに跨ることにした。
宿は意外と近かった。
バイクは走り出してから3分ほどで止まり、それと同時に中にいた小柄なおっさん(=ムハンマドの父)が出迎えてくれた。
おっさん 「いらっしゃい。中国人か?」
おれ 「いや、日本人だ。ツアーとかじゃなくて、ガイドなしでラクダを買って砂漠を歩きたいと思ってるんだけど、あんたラクダ飼いのベドウィンと知り合いってほんとか?」
おっさん 「あぁ友達だとも。なるほど。いいよ。まぁ詳しい話は明日するとして、今日はうちの部屋で寝なよ。」
ムハンマドに案内された宿の部屋はかなりきれいで、正直驚いた。
自分以外に現地人しかいない宿は警戒すべきなので、一人になってから一通り部屋を見て回ったが、怪しいところはなく、扉も立て付けが悪く深夜誰かが来たとしても開くのに大きな音がするのである程度安心できた。
さあ、ここからは完全に一人だ。
おっさんが明日ラクダを見に連れて行ってくれるとのことなので、わくわくしながら就寝。
さあ、ここからは完全に一人だ。
おっさんが明日ラクダを見に連れて行ってくれるとのことなので、わくわくしながら就寝。
次の日
おっさん 「なんかね、昨日の夜ラクダ飼いに確認してみたら、今砂漠歩きたかったら政府の許可がいるっぽいんだよね。」
えっ?
おれ 「そんなん形だけのものじゃないの?誰かが取り締まってるわけじゃないだろ?」
おっさん 「いやそれが、この取り締まりは去年末辺りから新しく始まったもので、かなり厳しいみたいなんだよ。まぁ正直政府の許可はわしがコネあるから取ってはやれるんだけど、お前死んだらわしの責任になるから死なないって約束できるなら許可取ってやるよ。」
この時は、このおっさんの言うことを鵜呑みにしていいか相当迷った。
カイロではそんな取締りの話一切聞いたことがなかったし、セカンドオピニオンが欲しいところだけど、英語で調べたぐらいでは取締りは出てこず、その時点では取締り情報を得る手段がなかった。
まぁとにかく、死なない約束に関しては少しひっかかるけどとりあえずラクダを見に連れて行ってもらうことにした。
車で30分ほどかけて、この土地で代々ラクダを世話しているベドウィン族のところに到着。
車で30分ほどかけて、この土地で代々ラクダを世話しているベドウィン族のところに到着。
そして、おれはラクダを見て当たり前なことに今さら気づいた。
これ、ベドウィン用のラクダじゃん…
実はヒトコブラクダは細かく分けると2種類いる。
食用、荷役用のラクダと、ベドウィン用のラクダだ。
食用、荷役用のラクダは原産地がソマリアで、そこからスーダン、エジプトまでキャラバンを組んで歩き、食用、荷役用としてラクダ市場に出される。
よってこの種類のラクダは既に苛酷な環境を歩いてきた、ラクダに詳しくない商人に飼育された、等の理由で弱って痩せているものがほとんどだ。
これに対してベドウィン用のラクダは、その土地で暮らすラクダに詳しいベドウィン一族が代々大切に育て、繁殖してきたものであり、食用のラクダよりはるかに強く、健康な個体が多い。
これまでの歴史上、砂漠を歩くことに情熱を注いだ偉大な冒険家たちはおれが知る限りでは皆食肉用のラクダを買い、旅をしてきた。
理由は簡単で、食用のラクダはベドウィンのラクダより安く、また、ベドウィンのラクダと違って鼻に綱が通してあり、それを引っ張るだけでラクダのことをよく知らない人でも調教できるようになっているからだ。
で、ラクダ飼いのベドウィンの人とカタコトのアラビア語で話したところ、ラクダ自体は14万でこれ以上値段は下げられないらしい。
ただし、買った後はおれの好きにしていいとのことだった。
ちなみにラクダの値段の相場としては、成獣に限定すると、食用、荷役用のラクダは7~9万円くらいで、ベドウィン用のラクダは11~15万くらいだ。
今回ラクダ飼いが提示してきた値段は14万なので正直足元見られて割高にされてる感は否めないが、詐欺やぼったくりという程のものではないだろう。
ちなみにラクダの値段の相場としては、成獣に限定すると、食用、荷役用のラクダは7~9万円くらいで、ベドウィン用のラクダは11~15万くらいだ。
今回ラクダ飼いが提示してきた値段は14万なので正直足元見られて割高にされてる感は否めないが、詐欺やぼったくりという程のものではないだろう。
とりあえず買うかどうかは次の日決めることにして、宿に帰っておっさんと話し合う。
おれ 「おっさん、死なない保障って、具体的に何すればいいんだ?」
おっさん 「とりあえず、あんたがラクダを買うなら政府に許可はとってやる。保障…。そうだな。例えばだな、ここから五十キロほど先に村がある。一本道だから迷うこともないだろう。
一日一回宿のもんに車であんたの様子を見に行かせるが、もしここからその村までほとんど援助なく往復できたなら、遠くの町でもどこでも行けばええ。わしはあんたを信じよう。」
…えっなにそのRPG的展開…
おれそーゆうの待ってたんだけど!
おれ 「おっしゃおっさん見てな、明日ラクダ買って隣の村まで行ってやるよ!!」
おっさん 「そうか、わかった。」
…
めっっっっちゃ楽しそう!!!
…とのことなので期待を膨らませながら上機嫌で自分の部屋に戻ろうとすると、ムハンマドに呼び止められた。
ムハンマド 「Go!(本名にちなんだおれの外国用の通名だ)めちゃくちゃいい景色が見られる場所があるから連れてってやるよ!バイクの後ろ乗れよ!」
おれ 「でもお高いんだろ?」
ムハンマド 「友達から金取るわけないじゃん!いいから乗れよ!」
というわけで二人乗りでバイクで20分ほどかけて岩山を登り、夕暮れ時、バハレイヤオアシス付近の岩山の山頂にたどり着いた。
どこまでもひろがる岩砂漠、ほとんど雲のない青空と夕日のグラデーション、日が沈むにつれて増えていく町の明かり、どれをとっても素敵な景色だった。
ちなみに余談だがムハンマドはボディタッチがとても多い。
事あるごとにおれの背中や腰を軽く叩いたり、バイクの後ろに乗せてもらうときに密着するように要求したり…
まぁ熱心なイスラム教徒みたいだし、イスラム教徒同士の挨拶って頬ずりだし、まあその辺の関係で人の体にたくさん触れる傾向にあるんだろう。
…とか考えてると、ムハンマドがおもむろにスマホを差し出してきた。
ムハンマド 「あ、これおれのFacebookアカウントなんだけど、Goのアカウント検索して友達に追加しといてくれよ!」
おれ 「分かった!」
ムハンマドのスマホでおれのアカウントを検索しようとすると、すごく不穏なものが目に入った。
名前:ムハンマド
出身:エジプト
・
・
恋愛対象:男と女
…は?
恋愛対象に男も入ってるとか…
は?
イスラム教的にアウトじゃないのかこれ…
え?えっ?えっと・・・
ムハンマド 「あと、Go疲れただろ?マッサージしてやるよ。おれマッサージには自信あるんだ!」
あっ…
おれ 「いや、疲れてないから…」
ムハンマド 「日本人は謙虚だなぁ。遠慮しなくていいんだぜ?」
おれ 「いや、ほんとに、だいじょうぶ。」
ムハンマド 「そっか。じゃぁ逆におれをマッサージしてくれよ。ここまで連れてきたお礼だと思って!頼むよ!」
おれ 「え?えぇと…。ま、まぁ…。ムハンマドには世話になってるしな…」
…世話になってるし、しゃーなしやな
おれ 「じゃ、じゃぁ、うつぶせになれよ!」
…このあと滅茶苦茶マッサージした。
…はぁ
次の日
今日から隣の村までラクダと冒険するんだ!と胸を期待で膨らませて、おれはおっさんに会いにいった。
おれ 「おっさん、じゃーラクダ買うからラクダ飼いのところにつれてってくれよ!!」
おっさん 「やっぱやめた。」
おれ 「は?」
おっさん 「やっぱやめた。」
おっさん 「だって危ないし。てかラクダ一頭だということ聞いてくれないってラクダ飼いも言ってたし。」
おれ 「いや、危ないのおれだし。おっさんは危なくないじゃん。あとおれはラクダ二頭も買うお金はないんだ。なんで急に意見変えるんだよ!」
おっさん 「やっぱあんたのことが心配になったっていってんだよ!ムハンマドと遊ぶあんたを見て、わしはあんたが好きになったんだ。あとわしは金とかの話はしてないんだ。わしは「人」の話をしてるんだよ。どうしても行きたいというなら、毎日水と食料をあんたのところへ届けさせてもらう。」
簡単にまとめてはいるけど、おっさんは数日前に会ったばかりのおれを1時間以上かけて説得しようとしてくれた。
正直、ここでおっさんの言うことを無視して、直接ベドウィンからラクダを買い、旅に出ることもできた。
でもそれはしなかった。
おれがやりたいこと、挑戦したいことっていうのは今までも周りに心配や迷惑をかけるタイプのものが多かったわけだけど、だからっておれが何も感じず心配や迷惑をかけているわけじゃない。
この町ではあきらめよう。
そう思った。
ここまで説得してくれる人がいる町で無理にラクダを買ったらおれ自身、悲しい気持ちになって微妙な旅になりそうだ。
次の町ではラクダ飼いから直接ラクダを買おう。
出発地点に合わせて、ルートはいくらでも変更できるじゃないか。
そう考えておれは、次のオアシス、ファラフラオアシスに向かうことにした。
ファラフラへおれが旅立つ日、ムハンマドがバハレイヤオアシスにバイクで連れて行ってくれた。
別れる前にと、ムハンマドはおれにベドウィンスカーフをくれた。
別れる前にと、ムハンマドはおれにベドウィンスカーフをくれた。
ベドウィンスカーフっていうのは日光を防いだりマスク代わりにして砂を防いだり荷物を包んで運んだりする時に使う、砂漠の民の便利な布だ。
おれの大切な宝物。
ちなみにこのムハンマドとは、今でも連絡を取っている。
家族みんなで歓迎するから、またいつでもおいで、とのことだ。
ファラフラ / الفرافرة
ファラフラの町に入る前にかなり入念な検問があった。
ここまで来ると観光客は全くおらず、外国人はおれだけで、英語も通じなくなった。
なので検問の警察はバス内でおれを見た瞬間顔をしかめ、「中国人だ!」と、バス中に聞こえるような、また咎めるような声で言った。
…おれなんも悪いことしてないんだけども…
おれ日本人だから、といって警察にパスポートを渡すと、入国歴出国歴やビザの有無を時間をかけてだらだらと確認した後、町に入るのを許可してくれた。
ファラフラのバス停に到着し、ここまで来れば野宿でいいよな、と考えてると、二十代後半くらいのエジプト人に声をかけられた。
? 「やぁ!おれは英語がしゃべれるんだ。おれ、仕事でこの町に来たんだけど、きみ日本人だろ?日本好きだから日本の話たくさん聞きたいんだけど、あいにく今から仕事なんだ。
もしよかったら一緒に来ておれの仕事見てかないかい?」
おれ 「何の仕事してるの?」
? 「配管工事のエンジニアだよ。今から町長と話しに行くんだ。」
おれはいろんな仕事見るの好きだし、情報収集の手間が省けてちょうどいいと思った。
おれ 「分かった。おれはGoだ。よろしく。君は?」
? 「おれの名前はムハンマドだ!よろしく!」
ということでムハンマドや町長にファラフラの町についてたくさんのことを聞いた。
到着したときから、ファラフラの町の異様な雰囲気には気づいていたが、この町にはエジプト軍の基地がある為、セキュリティも厳しく、WiFiもほとんどなく、とても閉鎖的な町とのことだった。
そして、上記のような理由から、この町にはラクダがいないらしい。
ラクダがいないなら、今日にでも次のオアシス都市に行こうか、と思ったが、ファラフラのオアシスをまだ見ていなかったため、砂漠のオアシスに憧れがあったおれは、オアシスを明日見に行くことにして、とりあえずファラフラに一泊することにした。
また、町長によると、ファラフラのオアシスに関しては、大きな湖のようなものはなく、小さな「泉」が町のはずれに点在しているらしい。
配管工の仕事の帰り道、ムハンマドがレストランで夕食を奢ってくれた。
レストランの外では小学校低学年くらいの子どもたちが交代で中型バイクに乗り(足は地面に届いていない)、ウィリーの練習をしていた。
もちろん基本的には失敗してバイクは横転するんだけど、子供たちはとても楽しそうだった。
軍があることもあり、この町はとても平和らしい。
さて、おれはこの日の夜お互いのパスポートの写真を撮った上でムハンマドと一緒のドミトリーで寝たんだけど、これが大失敗だった。
ダニがいた。
おれは両手両足をありえないくらい咬まれ、その後数日痒さに苦しむことになった。
何か所くらい咬まれたのかというと、一番被害の少ない右手の咬まれた痕の数が30を超えていて、数えるのをやめるくらいの数だ。
こんな宿には泊まっていられないということで、次のオアシスまでのバスのチケット(明日出発)を買い、夕暮れ時、一人でオアシスまで歩いて行くことにした。
近づいてみると、正直全く想像してなかったものがあった。
石でできたプールのようなものだ。
水の中に手を入れてみる。
熱い。
少なくとも町長やムハンマドが言っていた「オアシス」はこれのことらしい。
…オアシスってかめっちゃ人工的じゃん!!
とか、
Spring(泉)はSpringでも、HotSpring(温泉)かよー、一本とられたわー!
とか、一人で言ってみる。
うん、さびしい人だな。
とりあえず町には明日帰るとして、その日はこの温泉につかりながら野宿することにした。
温泉から見た夕焼けのグラデーションが、遠くまで見渡せる砂漠の地形と相まって、美しいを通り越して妖しいといえる程、素敵だった。
そして、この日は新月だったこともあり、乾いて澄み切った砂漠の空に広がる星空もとても綺麗だった。
例えばこの小さな村で、最低限の働きをして、毎日こんな雄大な夕日や砂漠を眺めながら過ごすのは、幸せな人生の大成功例の一つなんじゃないか、なんて思ったりした。
温泉から見た夕焼けのグラデーションが、遠くまで見渡せる砂漠の地形と相まって、美しいを通り越して妖しいといえる程、素敵だった。
そして、この日は新月だったこともあり、乾いて澄み切った砂漠の空に広がる星空もとても綺麗だった。
例えばこの小さな村で、最低限の働きをして、毎日こんな雄大な夕日や砂漠を眺めながら過ごすのは、幸せな人生の大成功例の一つなんじゃないか、なんて思ったりした。
そして次の日の早朝、手持ちの水の少なさに気づいて若干水分不足になりながらも、なんとかファラフラの町にたどり着き、水を買って、次のオアシスに向かうバスに乗り込んだ。
ダクラ / الداخلة
そして三つ目のオアシス都市、ダクラオアシスに到着。
実はこのオアシスが今回の話では最後のオアシス都市になる。
エジプトには他にも伝統的なベルベル族が暮らすシワ・オアシスとオアシス都市最大の人口を誇るハルガ・オアシスがあるんだけど、おれは行ってないので興味がある人は行ってみるといいと思う。
ダクラオアシスとその周辺はこれまでの二つのオアシスと比べるとかなり肥沃な大地が広がってて、町の規模も大きかった。
この町のラクダ飼いを探すためにまずは情報収集、ということで、何人かの人に話を聞いていると、すぐにラクダ飼いの情報を得ることができた。
ラクダ飼いはこの町ではかなり名の知れた人物らしく、名前はサリーマンというらしい。
サリーマンは50歳前後の小柄な男で、町から30キロほど離れたベドウィン一族が暮らす小さな村に住んでいるらしい。
直接会って話がしたいというと、サリーマン自らおれがいる町まで来てくれることになった。
サリーマンは少しだけ英語が話せたので、アラビア語交じりのカタコトの英語で話すことになった。
以下サリーマンと会ってからの会話
サリーマン 「初めまして。私はラクダ飼いだけど、何が望みなんだい?ツアーか?」
おれ 「いや、ラクダが買いたい。ラクダを買って一人で他のオアシスや町まで行きたい。」
サリーマン 「なかなか奇妙なことがしたいんだね。あいにく、少し前からエジプト軍がエジプトの砂漠を閉鎖してしまったんだ。ヘリコプターで巡回もしてるし、今の時期に外国人が砂漠にいたらすぐに捕まってしまうんだよ。
今までは大丈夫だったんだろうけどね。おかげで組めないツアーとかも出てきて砂漠の観光業者は商売あがったりさ。まぁでも、今回のこのエジプト軍の規制はスーダンやリビアの観光業者にも迷惑をかけてるからね、いろんなところからのクレームがすごいから、来年には解除されると思うよ。」
バハレイヤオアシスでおっさんが言っていたことは本当だったらしい。
砂漠は軍によって閉鎖されていて、渡ることはできないようだ。
おれ 「それって砂漠全域?規制の緩い地域とかないの?」
サリーマン 「全域だね。リビア側の砂漠はリビア国境のことがあるし、シナイ半島側の国境付近には ISISとかいろいろいるし。あぁ、でもフルガダならラクダもたくさんいるし規制も緩いかもしれない。正確には分からないけど…」
サリーマン 「あと、君ラクダの扱いは知らないだろ?ラクダの扱いが分かってる人でないと、ベドウィンのラクダを一頭だけ動かすなんてできないよ。やるなら家族をセットで買わないとね。
ほんとだよ?昔、同じこと言ってきたイギリス人の女性にラクダを売ったことがあるんだけど、彼女、一切ラクダを動かせず、数日で断念してたよ。」
正直、何をすべきかすごく悩んだ。
ちなみにフルガダというのはナイル川中流、西側の港町だ。
フルガダまで行ったとしてもこの調子だと、規制が緩いといっても砂漠のど真ん中を歩くのはおそらくできないだろう。
海沿いならラクダと歩けるかもしれない。
一頭だけ買って動かせれば、の話だが。
生憎ベドウィンのラクダを二頭以上買う金はない。
キャッシングで借金をして、ラクダを二頭買ったとして、砂漠に行かず町の周りを歩いて、もしくは海沿いに歩いて、おれは満足できるんだろうか。
そもそも海沿いの安全なルートなら、ラクダではなくロバ(一頭一万五千円ほど。安い)でも十分な気がする。
おれはそんなことがしたかったんだろうか。
絶対に違う、と思った。
海岸や森ではなく、太陽が容赦なく照りつける果てしない砂漠をこの足で歩いてみたい、そして、いつかは単独でサハラ砂漠を横断してみたい。
その為には屈強なラクダが絶対に必要だ。
そう考えて準備をし、ここまで来たんだ。
このままでは警察の世話になるならないにかかわらず、確実に中途半端な結果にしかならない。
とても悩んだ。
そして、少なくとも今の時期は、思いっきり砂漠を旅することは不可能だろうということと、最終的な到達点はサハラ砂漠を横断できる力をつけることだということを考えた時、今回自分がどうすればいいのかわかった気がした。
おれ 「サリーマン、おれを雇って欲しい。」
マホウブ / المحوب
こうして、おれはベドウィン一族の村、マホウブで暮らすことになった。
お金は物価の関係上もらったところで雀の涙程度だと考え、いらないと言ったのでもらっていないが、住むところとご飯を毎日いただいた。
基本的にはエジプトの砂漠のラクダ飼い達はラクダを杭でつないだ上で、そこから動かさずに餌を与えたり乳をしぼったりするのだが、サリーマンは違った。
サリーマンはラクダをとても愛していて、少しでもラクダに幸せに生きてほしいという強い信念から、定期的に熱中症になって苦しみながらもほぼ毎日29頭のラクダ達の遊牧をしていた。
なので、移動範囲はマホウブ周辺の砂漠半径20kmほどであるとはいえ、ラクダたちは一日の大半を縄や拘束具のない状態である程度は自由に過ごしていた。
おれはラクダ飼い見習いとして、毎日毎日働いた。
仕事の内容としては、まず朝ラクダ達のところまで行き、ラクダ達を引き連れて村の近辺や砂漠を歩き回り、草木や水たまり(砂漠だけじゃなくて湿地もある)を見つけてはラクダ達に食べさせて、しばらくするとまた次の場所へ向かう、というのを繰り返す。
この時、乳搾りをしながら、ラクダ達が人間や牛用の作物を食べないよう見張り、群れから外れて食べようとするラクダがいればきつく叱って群れのところへ戻らせる。
そして日が暮れる頃にはサリーマンの家の近くまで戻り、そこでラクダ達の一部(子供やメスの多くは拘束しなくても遠くにいかない。ラクダはあくまで群れで行動する動物だからだ。)を杭につないで、家に帰る。
ちなみにラクダの群れは一夫多妻制であり、サリーマンの29頭の群れの内訳はオス2頭(うち1頭は子ども)、残りメス、という感じだ。
基本的には2日に一回くらいの頻度で道中大人のオスがメスとやり始めるので、その場合は群れを一旦停止させ、オスが満足するまで待たないといけない。
…まぁ5分ほどで終わるんだけど笑
初めのうちは、砂の混じった強い風が吹き荒れる中、日中ずっと太陽にさらされながら、声を出してラクダ達に指示を出しつつ20キロほど歩くのは本当にきつくて倒れそうだったが、ムハンマドがくれたベドウィンスカーフのおかげで何とか持ちこたえることができた。
そしておれは、少しずつだがたくさんのことを知ることができた。
ラクダの習性や性格、ラクダへの指示の出し方(進め、止まれ、右、左、戻って来い等)、ラクダの乗り方、ラクダの乳のしぼり方なんかだ。
そして、たまにサリーマンと交代で働いている人が猟師兼焼き鳥屋なので、その人と働くときは猟銃の扱い方や仕留めた獲物(鳥)のさばき方なんかを教わった。
他にも、杭を自力で引き抜いて脱走した仔牛を元の場所に戻すために綱引きしたり(相手は仔牛だったけど気抜いたらこっちが引きずられそうなくらい力強かった)、村人たちの麦の収穫を手伝ったりした。
夜は毎日村の若い男や子どもたちと遊んだり、日本のこととか砂漠のこととかを話したりした。
ちなみにこの村はベドウィン「一族」の村なので、村人は全員血が繋がっている。
おれはかなりアウェーだが、村にいた若いお調子者の男のおかげですぐに皆と仲良くなることができた。
そいつの名前はムハンマドだ。
気付いた人もたくさんいると思うが、この国にはムハンマドという名前の男がかなりたくさんいる。
ほかにはアフマドやマホメッド、アブドゥルなんかが多い名前だ。
これはおれの勝手な予想でしかないんだけど、多分彼らは名前を区別する為というよりかはコーランの偉大な人物の恵みを受ける為に付けてるんじゃないかと思った。
ムハンマドはイスラム教ではアッラーの教えを全て聞くことができた唯一の預言者だから人気が高い名前なのかもしれない。
気付いた人もたくさんいると思うが、この国にはムハンマドという名前の男がかなりたくさんいる。
ほかにはアフマドやマホメッド、アブドゥルなんかが多い名前だ。
これはおれの勝手な予想でしかないんだけど、多分彼らは名前を区別する為というよりかはコーランの偉大な人物の恵みを受ける為に付けてるんじゃないかと思った。
ムハンマドはイスラム教ではアッラーの教えを全て聞くことができた唯一の預言者だから人気が高い名前なのかもしれない。
そしておれは、働き始めて2週間が経つ頃には完全に仕事も覚え、ラクダの乗り降り(ラクダに乗って指示を出すこともある)もスムーズになった。
初めの頃は木の棒で軽く叩いても何してもおれの言うことを全く聞いてくれなかったばあさんラクダも、声をかけるだけで言うことを聞いてくれるようになった。
もう仕事には完全に慣れたと安心しきっていた。
気候にも体が適応し、皮膚も、いくら日光を浴びてもこれ以上色が変わらなくなっていたので、おれはベドウィンスカーフを脱いで仕事をするようになった。
バハレイヤオアシスでムハンマドが、今後の旅がより安全なものになるようにとくれたベドウィンスカーフを、おれは使わなくなった。
サリーマンはおれが仕事に慣れてきたことに喜び、ますます遠い距離へ、ますます険しい砂漠へとルートを変更していった。
おれが毎日歩く距離はどんどん増えていき、夏が近づいたことで日差しもどんどん強くなっていった。
そしてマホウブに住み始めてから3週間くらいが経過したある日のこと、炎天下の中毎日休まず働いたツケが回って来たのだろう、おれは熱を出した。
体感では多分38℃ぐらいだと思う。
さすがに今日外に出るのはきついなと考え、サリーマンに話してみることにした。
おれ 「サリーマン、熱があるみたいで、できれば今日は家で休みたいんだけど…」
サリーマン 「なら砂漠にところどころ生えてる木の下で休んでていいよ。」
おれ 「いや、そうじゃなくて、涼しいところでないとかなりしんどいかな、なんて思うんだけど…」
サリーマン 「実際のところ村の決まりとして家に君を一人にするわけにはいかないんだよ。猟師の男が帰ってくるのが昼の12時だから、それまで少しだけ、外で休んでてくれないか?」
あとで分かったことだが、村の決まりというのは、家の男たちが全員出ているときに家の女とおれが一緒にいるのがまずいということだったらしい。
サリーマンの強い語気に押され、また、猟師の男が帰ってくるまでくらいならなんとかなるだろうと考え、おれは承諾することにした。
おれ 「わかった。猟師が帰ってくるまでの少しだけなら。でも、正直おれすぐしんどくなると思うよ?」
サリーマン 「大丈夫。今日はわしがずっと目の届く範囲にいるようにする。」
おれ 「え、でもラクダ達と移動するでしょ?したらすぐ遠くに行っちゃうんじゃないの?おれ、外であれだけ強い日光浴びたら正直耐えられる自信ないよ?」
サリーマン 「いや、大丈夫。そういうことなら今日に限っては一切移動をせずに、Goの近くでラクダ達に餌を食わせるから、しんどくなって我慢できなくなったらいつでも言ってくれ。
なあに、猟師の男が帰ってくるまでの少しの辛抱さ。大丈夫だよ。」
おれ 「そっか。わかった。信じるよ、サリーマン。」
…ということで、サリーマンに連れられて町のはずれの木の下まで来て、そこでおれは猟師の男が帰ってくるまで少し休むことにした。
木の影で休むといっても湿度が低く、温度が高いこの砂漠では、影と影でないところの温度差はあまりなく、十分に暑かった。
おれ(サリーマンは… よし、ラクダ達と一緒にすぐ近くにいるぞ。大丈夫だな。)
この時、おれは熱が上がったのと照りつける太陽の影響でかなり頭がぐらぐらしていて周りを見る余裕がなかった。
そして、サリーマンがすぐ近くにいることを確認して安心したため、少しだけ目をつぶって休むことにした。
15分ほど経っただろうか。
目を開けて、周りの状況を確認する。
サリーマンは、そしてラクダ達も、どこにもいなかった。
…まじか。まぁさすがにすぐ帰ってくるだろう、うん、そうに違いないと、思った。
それにしても暑い。
スマホを出して今の時間を確認する。
10時だ。
まだまだ暑くなりそうだ
11時
体中から汗が噴き出る。
だんだん気温が上がってきた。
サリーマンはまだ帰ってこない。
村が近くにあるとはいえ、こんな砂漠を通りがかる人は誰もいなかった。
熱のせいで頭がぼうっとし、いつの間にかおれは気を失っていた。
次に目覚めた時、おれはまず自分の体の異変に気付いた。
…体が動かない。
スマホを取り出す力すらでない。
これだけ暑いにもかかわらず、汗はもう少しも出ていなかった。
そして、気温はどんどん上がっているにも関わらず、おれの体はそれよりももっと熱いように感じた。
水分補給をしないと…
と考えるも、それは不可能だった。
視界の端に木の影を捉える。
毎日昼間はほとんど時計を使わずに過ごしていたおかげでおれは影の長さを利用して時間がある程度分かるようになっていた。
木の高さから考えて、今は13時ごろらしい。
猟師、何やってんだよ…
まぁ、一時間遅れるくらいなら普通か。
暑い。
影から考えて、14時ごろになった。
サリーマンと猟師はまだ来ない。
気温は最高潮に達し、おれの熱もどんどん上がっていった。
もうこの頃には体中が痺れているような感覚があり、どこからどこまでが自分の体かよくわからず、目をつぶり、おれはただただ風の音と自分の呼吸音を聞いていることしかできなかった。
猟師が迎えに来たのは夕方の4時過ぎで、おれはその後、猟師に担がれて家まで帰った。
問題はここからだった。
帰宅後、その日はそのまま部屋で水分補給をしてずっと休んだ。
ちなみにもちろんというかなんというか彼らに罪悪感はない。
アラビア語では、約束するときに使う「インシャアッラーフ」という言葉がある。
これは、直訳すると「神が望むならば」という意味で、
「神が約束を守ることを望んでいるのであれば守るよ(まぁ望んでないかもしれないし、約束破ってもおれのせいじゃなくて神のせいだから、そこは分かってね)。」
というような意味で使われることが多い。
「神が約束を守ることを望んでいるのであれば守るよ(まぁ望んでないかもしれないし、約束破ってもおれのせいじゃなくて神のせいだから、そこは分かってね)。」
というような意味で使われることが多い。
なので、彼らは時間に遅れることや約束を守らないことに関して全く気にしない。
まぁそのかわり、彼らは遅れたり約束を破る人がいてもそこまで気にしないからバランスは取れてるんだけど…
そして次の日もサリーマンの家で一日休んでた(サリーマンはよそ者の男と女がーっていう村の決まり守る為にわざわざ仕事を休んでくれた。その日はかわりに猟師がラクダの世話やったみたいだ。)んだけど、夕方になるあたりでおれはあることに気付いた。
今まで頭もうろうとしてて気が付かなかったけど、
昨日倒れてからメシが 一切 出てきてない。
え?これどういうこと?
サリーマンにメシについて言ってみると、険しい顔で少し考えてから、おれの部屋から出ていき、しばらくして一枚の皿を持ってきた。
皿の上には日本人の大人の握りこぶしより少し小さいくらいの量の、ジャガイモを潰して蒸したものが乗っていた。
これだけ食えということらしい。
え?えーと、確かに食欲はないけど、もう少し多くてもいいんだけどな…とか贅沢なことを考えながら食べた。
そしてその日はそのまま休んだ。
次の日、食事は一切出てこなかった。
そしておれがメシをもらえなくなって二日目の夜、どうしてメシがもらえないのかをギンギンする頭で考えてみた。
まぁ、今思えば考えずにサリーマンに直接聞けばよかったんだけど、その時のおれは体力を使い果たしていて話す元気もなかったし、メシが欲しいと言った時のサリーマンの険しい顔が気にかかって、直接聞いちゃいけないことのような気がした。
そしてしばらく考えを巡らせていると、「働かざる者食うべからず」という言葉を思い出した。
サリーマンはラクダをたくさん所有してるものの、けして裕福なわけじゃない。
泥で作ったようなエジプトでも古いタイプの家に住み、家の居間には夥しい数の、それこそ何百匹というようなハエが常に飛び回っていて(おれの部屋にも居間ほどではないにせよもちろんたくさんいる)、子供たち二人はいつも同じ服を着ていた。
労働力にならない若者なんて、ほったらかしで当然だ、と思った。
ならば、次の日どうしようかと考え、その日の夜は次の日の朝まで待ち続けた。(この日はしんどすぎて寝られなかった。)
次の日
おれ 「サリーマン!サリーマン!」
サリーマン 「どうしたんだGo?体の調子はどうだ?」
おれ 「しっかり休んだからもうすっかり良くなったよ!今日は仕事に出れるよ!ほら、こんなに元気になった!」
と、飛び跳ねてみる。
正直、あの時は今すぐにでも倒れてしまいそうだったので、飛び跳ねた時は、平衡感覚が完全にマヒしていて、崩れ落ちてしまうかと心配したが、なんとかうまくバランスを取ることができた。
サリーマン 「そうかそうか!いや、よかった。ちょっと待っててくれ。」
と言って、サリーマンはおれの部屋から出て行った。
自分でもバカだと思うけど、空元気とかいう根性頼みな行動をしてみてどうなるか様子をみることしか思い浮かばなかった。
この時の自分に言ってやりたい。
「いや、金出してタクシー呼んでもらってバスで病院かカイロまで戻れよ」と。
そしてしばらくするとサリーマンが戻ってきたので、おれは元気アピールするために立ち上がった。
サリーマンは銀色の大きなお盆を手に乗せていた。
サリーマン 「よし、じゃあ今日はこれ食って出発だ!」
メシが、いつも通りのメシが、出てきた!!!
もちろん、歯も弱っていてご飯はうまく噛めなかったし、少し食べただけで吐き気がすごくて戻してしまいそうだったけど、米やトマトなど、栄養のありそうなものだけ意地でも食べるようにした。
そしておれが朝食と格闘してるとき、サリーマンがボソッとこんなことを言った。
サリーマン 「いやー、ほんと心配したよ。わし医者じゃないからなに食べさせたらいいかわかんなかったし、もし体に悪い物をあげちゃったら大変だったしね。」
え?
おれ 「いやいや、何言ってんだよサリーマン!笑 食べないより食べるほうがマシに決まってるじゃん!普段まじめなあんたでも冗談いうんだな笑」
サリーマン 「いや、あんた何言ってんだよ。悪い物食べさせるよりも水だけ飲んで静かに休んでた方がいいにきまってるだろ?」
おれ 「え…」
おれ 「え?この二日おれに食べ物くれなかったのそれが原因?おれが働いてないからじゃなくて?」
サリーマン 「関係ないよ。病気の時は休んで当然。Go何言ってんの?」
おれ 「えーっと、じゃあおれ今日は悪いけどまたこの部屋で休むっていうのはどう?」
サリーマン 「いや、今日も猟師に仕事頼むわけにはいかんし、しんどかったら木の影で休んどけばいいよ。近くにいるようにするから。(デジャブ)」
サリーマンは、何度説明してもおれの熱が悪化した原因を分かってくれなかったし、木の影で休むのと家の中で休むことの違いが全く理解できないようだった。
というわけでサリーマンを説得するのは諦め、その日は今にもぶっ倒れそうな体に鞭打ち、意地でもサリーマンとラクダ達についていくようにした。
そして次の日も、その次の日も、おれは空元気でラクダの遊牧を手伝った。
食事がもらえるおかげで熱も平均して38℃くらいまで下がり(まぁおれの平熱35.6℃前後なんだけど)、体はなんとか持ちこたえていたが、正直全く回復している気がしなかった。
そこで、サリーマンに念の為病院に行かせて欲しいと言うと、サリーマンは次の日の仕事を午後からにして、午前中に近くの町の病院におれを連れて行ってくれることになった。
病院で熱を測ってもらい、しばらくすると医者が来て話し始めた。
医者 「君は38℃だね。仕事大変だし休みたいのはわかるけど、これは平熱だし、薬出せないなぁ。水分補給をしっかりね。」
は?
仮病扱いされた。
おれ 「え、いやいや、平熱は言い過ぎでしょ…」
医者 「だって平熱って37℃だし、暑くてちょっとしんどい時はみんなそのくらいの体温になるもんだよ。」
サリーマン 「よかったなGo。お医者さんもそういってるんだし、帰ろうか。」
おれ 「いやいや、おれ平熱35.6℃なんだけど…」
ヨーロッパやアラブの人々の体温が高いのは知っていたが、おれはアジア人だ。
平熱は低いんだと言い返すと、医者は笑いながらこういった。
医者 「35℃?嘘はよくないよ。わたしは長い事医者やってるけどそんな患者診たことないよ。それだけ体温が低いなんて、それこそ何か変な病気じゃないのか?」
こんな砂漠の田舎町まで外国人は来ないんだから診たことなくて当然だろ、と思ったけど、分かってもらえないようだった。
サリーマン 「うん、大丈夫そうだし悪いけどしばらく買い物に付き合ってくれ。少し重たい物を運びたいんだけど。なに、一時間ほどで終わるよ!」
おれ 「…」
(うわぁ…)
…この調子ではラクダの遊牧をしながら回復する手段はなさそうだった。
回復できそうにないならどうしようかとかなり悩んだが、ラクダのことも砂漠のこともよく分かったし、今回はこのあたりで引き上げるべきじゃないかと思った。
このまま意地を張って免疫力の低い状態でハエだらけの部屋に住み、仕事を続けていたら重大な感染症や病気になるリスクもどんどん上がるだろう、と考えた。
サリーマンにその旨を伝えると少し寂しそうだったが了承してくれた。
村の若い人たちもかなり悲しそうだったが、納得してくれて、その日は夜遅くまで今までのことを語り明かした。
そして次の日、おれはカイロに向けて出発した。
別れ際、サリーマンやムハンマド、そして村のみんなが見送ってくれた。
これからも頑張れよ、幸せになれるよう祈ってる、と、互いに励ましあい、ハグをしてさよならをした。
そしておれは、真っ青な空を眺めながら、「終わった…」と、ぼんやりした頭で満足感に浸りながらバスに揺られてカイロまで帰っていったんだ。
おしまい
満月の夜に取ったラクダの写真。
ラクダって休んでる時全然動かないから、シャッター速度30秒でもこんなにきれいに撮れる。
その後:マホウブを出発した後の話
カイロに帰るまでのバスはほんとに地獄だった。
熱も下がってなかったし、たくさん人がいて蒸し暑かったし…
そしてなにより、カイロまでの12時間、座ってなければならないのがたまらなく苦痛だった。
カイロではまた同じ日本人宿に泊ったんだけど、バス降りた時点で目が回ってたから、正直倒れたりせずに宿までたどり着けたのが奇跡みたいに思えた。
その時おれはほとんどの食べ物を受けつけない体だったんだけど、なぜかフルーツなら食べられた(別れる前にマホウブの村の子がオレンジをくれたから気づけた)から、宿に着く前にオレンジとバナナ、それとミルクを買いだめしておいて、しばらくそれだけで食いつないだ。
あとは日本人宿だったから2人ほど日本人もいたし、以前この宿に来た時に知り合った人がおれの為におかゆを作ってくれたりした。
その後数日して熱が下がってフルーツとおかゆ以外のものも少しずつ食べられるようになったから、以前から行きたかった、「バックパッカーの聖地」と言われていて居心地がかなりいいと噂の海辺の町、ダハブに行くことにした。
ここは世界一安くダイビングのライセンスがとれると言われてる(言われてるだけかも。実際は分からない。)から、ついでにここでダイビングの免許も取ろうと思った。
ダハブの日本人宿(一泊300円!)には日本人がたくさんいて、みんないい人ばっかりだったから、男女問わず毎日たくさん話したり、晩ごはん作って食べたり、一緒にアイス買いにいったり、みんなでトランプの大富豪したり、シュノーケリングに行ったり、それはもうめちゃくちゃ楽しい時間が過ごせた。
ダイビングの講習が始まった時はまだ体が完全に元に戻ってなくて、正直最初はウエットスーツ着るだけで体力使い果たしてたけど、ダイビング中に体力を使う場面は一切なかった(体力使い果たして溺れたりしないために、水中では常に落ち着いてゆっくり動く)からちょうどよかった。
今回ここでダイビングの知識とか機材の扱い方とかを体で覚えられたおかげで次は地底湖とか海底洞窟とか散策できるようになったわけだし、おれにとってはすごく良い経験ができたと思う。
あとは帰る直前、満月の夜、日本人宿でできた友達と一緒にシナイ山(標高2,285m)っていう山に登った。
頂上で見る朝焼けはきれいだったし、山を下ってる時、絵具かなんかで上塗りしたんじゃないかってくらい空が真っ青でびっくりした。
小学校の遠足以外での山登りは初めてだったけど、すごく楽しかったし達成感もあったから、また今度ちゃんと準備して険しい雪山とか行ってみたいと思った。
そしてその後おれは、ダハブの近くにあるシャルムシェイクという町から飛行機に乗り、たくさんの素敵で得難い思い出や経験と一緒に、日本に帰っていったんだ。
そしてその後おれは、ダハブの近くにあるシャルムシェイクという町から飛行機に乗り、たくさんの素敵で得難い思い出や経験と一緒に、日本に帰っていったんだ。



